ホーム  
観光ツアー
ゴルフ場予約
ガイドさん派遣
大連レンタカー
格安チケット
ショッピング
大連グルメ
夜遊び、娯楽
大連のホテル

 

 
人民広場
星海公園
中山広場
大 連 観 光 地 案 内


【大連港】

  大連港は中国北方の最大の天然良港で、中国南北の水陸交通の重要な中枢と対外貿易港です。大連港は水深が深く、港湾面積の広い不凍港です。東北地区を貫いているハルピン大連鉄道と沈陽大連高速道路が大連港に近いし、貨物の輸送はとても便利です。
 1899年に開港されましたが、その後、特に中華人民共和国成立以来、改築と増築によって、中国北方の最大の現代的な港になります。
 客船、貨物船を取り扱う規模の大きい総合的な港ですから、現在、世界の160ヶ国及び地域、300個の港と運輸貿易の取引があります。73個のバースを持ち、年間の呑吐量は1億トン以上に達しまして、旅客の運送数は年間約750万人ぐらいです。
  1988年に、市の中心部より70キロの大窯湾では大窯湾新港が着工して、一部のコンテナバースと大部のバースはもう完成し、使用しました。大窯湾新港は国家より中国四大水の深い国際中継港の一つと認可され、コンテナを主とする近代的な貿易港で、全部完成すれば、80-90個のバースを持ち、年間呑吐量が5000万トン以上に達する港になります。

  大連港は世界の有名な港と盛んに友好交流を行っており、日本の横浜港、新潟港、伏木富山港、北九州港、アメリカの休斯敦(HOUSTON)港、奥克蘭(OAKLAND)港、ベルギーの安特衛普(ANTWERP)港、ロシアの符拉迪沃斯托克(VLADIVOSTOK)港、カナダの温哥華(VANCOUVER)港など九つの港とは友好関係を提携し、毎年、色々友好交流のイベントを開催して友好関係を一層強めております。

【大連オリンピック広場】

  当広場は大連市制実施100周年記念のイベンドとして1999年に完成し?面積は6万平方メートルです。広場の真中にシンボルであるオリンピックのマークを建てられ、広場の東側と西側には音楽噴水を設けてあります。広場の地上には大型の運動場を開設し?敷地が10万平方メートルで、観賞席が6万席です。大連市の大型の集会と試合はよくここで行います。広場の地下には世界一のウォルマット大型スーパー及び米国と合弁で経営し、世界で三番目の欧風ナショナルスーパーがあります。
【人民広場】

 人民広場は1995年まで、大連では一番大きな広場で、面積は12.5万平方メートルです。旧満州時代、『関東州庁前広場』と呼ばれたのです。真正面の建物は大連市人民政府、即ち大連市役所で、旧『関東州庁』です。市役所の左側は東大安田講堂に似ている建物は大連市裁判所で、旧『最高裁判所』です。右側は大連市公安局で、旧『警察訓練所』です。1999年5月までに市役所の向こう側には『ソ連紅軍記念塔』が設けましたが、その後、旅順ヘ引っ越しました。その代わり、大型音楽噴水を立て直しました。音楽噴水の時間は毎日の12時、19時、20時と21時ですが、夜の音楽噴水がとても綺麗です。ここは大連市の政治の中心なので、芝生が植えられるまでに、年中全ての大型イベントは皆ここで行っていました。1995年にアメリカから“四季青”という芝生の種を導入し、植えられました。いま、芝生の面積が4万平方メートルです。普通の芝生はその緑が年間160日間しか保ちませんが、この“四季青”という芝生は緑が年間300日間以上保ちます。
【友好広場】

 1950年頃、中国とソ連の友好関係を記念する為に『友好広場』と名付けたのです。旧満州時代、『西広場』と呼ばれていました。1996年に改築され、中央の水晶のモニュメントは薄煕来前市長、現在遼寧省長(県知事)の提案により設計したものです。下の支えは世界の人種の肌色を表しており、その寓意は世界の五大洲の人々は仲良く付き合い、力を合わせて、北方の真珠である大連をもちあげるという意味です。真中のモニュメントは重さが117トンで、水晶球の直径が15メートルで、3120枚のガラスで製作しました。夜になると、鮮やかな灯光と色々な変化でとても綺麗に見えます。大連市内の映画館は殆ど、友好広場に集中しております。たとえば、友好映画館(旧太陽館)、進歩映画館(旧中央院)がここにあり、ファーストフード(ヴィリアムズバーガー)は旧基督教会です。
【中山広場】

  大連の街を構成する上でかかせないのが中山広場です。市中心部の道路は、この広場を中心として放射線状に延びています。旧殖民統治時代『大広場』と呼ばれた中山広場のまわりには、当時建てられた特徴ある欧風建物が現在も市の各機関として使用されています。バロック式の建築物『大連賓館(旧大和ホテル)』、典型的な折衷主義の建築物『中国銀行遼寧分行(旧横浜正金銀行大連支店)』、ゴシック式建築に属する『遼寧省対外貿易経済合作庁(旧大連警察署)』、などは、大連の近代建築の代表といっても過言ではありません。
  広場には休日ともなると、多くの人々が集まります。鳩にえさをあげる親子連れや羽子板の羽子のような『鶏毛鍵』を蹴り、けまりのようなことをして遊ぶ若者、楽しそうに語り合うカップルなど、広場では様々な光景を見ることが出来ます。
  また広場には音響システムが設置されており、朝晩に多くの人々が真中の舞台のまわりで、美しい音楽のリズムに合わせて太極拳や、社交ダンスや、ディスコなどをやっており、冬を除いて、よく広場で色々のショーと共同公演を主催し、広場の雰囲気をいっそう盛り上げています。
【中山広場周辺の建物の新旧名称対照】

中山広場――旧大広場  1902年に帝政ロシア時代、ロシア人が設計。1904-1905年、日露戦争発生、                 ロシアが敗戦。1906年、日本は帝政ロシアの設計によって引続き、直径200メー                 トルの広場と周りの建築物を建てました。

大連賓館――旧大和ホテル        1909年に着工、1914年完成。
工商銀行大連分行――旧市役所     1915年に建てました。
交通銀行――旧東洋拓殖株式会社    1935年に建てました。
中信実業銀行――旧中国銀行大連支店   1910年に建てました。
中国銀行――旧横浜正金銀行         1909年に建てました。
大連郵政局――旧大連郵便局         1925年に建てました。
工商銀行中山支行――朝鮮銀行大連支会    1922年に建てました。
省貿易大楼――旧大連警察署         1908年9月に完成。


【星海広場】

  星海広場は敷地が172万平方メートルで、1997年6月30日に完成したのです。
1997年7月1日に香港返還を記念する為に、広場の入口で高さが19.97メートル、直径が1.997メートルである『華表』を建てられました。『華表』の本体に一匹の龍と基礎台に八匹の龍が彫刻してあり、その九匹の龍は昔、中国が九州と称し、中国人が龍の子孫という寓意を表しております。中心広場の面積は4.5万平方メートルで、内円の直径が199.9メートルですが、1999年は大連市制実施100年記念の意味で、外円の直径が239.9で、2399年になれば、大連市制実施500年を迎える寓意です。
 広場の中央通に沿って北へ500メートル行けば、星海展覧センターで、南へ500メートル行けば、『道』と呼ばれる銅の鋳物が見られます。その鋳物の上に1000個の足跡が鋳造してあります。足跡が北から南へ年齢の順番によって並んで、一行目は大連市制実施の1899年に生まれた人の足跡、最後は1999年に生まれた人の足跡で、大連市の百年歴史が勤勉な市民たちより作られた意味です。その可愛い二人の子供の銅像は大連
  市民たちが歴史の創造の責任を子々孫々にわたって伝えていくという深い寓意です。
【大連現代博物館】

  当該博物館は大連の星海広場の西北側に位置し、大連市の新世紀のシンボル的文化施設であり、中国初の『現代博物館』と名付けた知識的、趣味的、観賞的、参与的なことを一体として、現代の文物の収蔵、保管、展示、研究、宣伝、教育など多目的を備えた博物館です。
  当該博物館は大連市政府から、2億元を出資して、1999年11月10日に着工し、2001年7月に完成したのです。敷地は21600㎡、主体の建築面積は30400㎡、使用面積は23672㎡、展示ホールは13000㎡です。当該博物館は地下が1階、地上が4階であり、屋上には展望台を設けて綺麗な星海湾、浜辺及び星海広場、町並みを見下ろす事ができます。館内には北方明珠、浜城建築、昔の大連、友好往来、我々の住宅、我々の交通、花園都市、黄海大通り、科学技術情報、大連工業、水晶宮、経済先導区、大連海鮮、青泥窪、馬軍団、サッカー城、文化芸術、教育衛生、ファションショー、金石灘、世紀回顧、大連未来、臨時展示等20余りの展示ホールが設けてあります。そのほか、喫茶店、売店、応接間などの施設を持っています。
【星海展覧センター】

  星海展覧センターは大連市人民政府から出資して建てられた大型の近代的な展示館ですが、ここで年間いろいろ展示会、ビジネス、会議、娯楽などの活動を行うことができます。展覧センターは開館して以来、大連市及び東北地区の対外交流の拡大と経済の発展に重要な役割を果たしました。
 星海展覧センターの敷地は8.6万平方メートル、建築面積は9.4万平方メートル、地下が1階で、地上が4階です。外観の設計は雄大で、美しさを追求し、館内の設備も完璧に備えており、国際優れたレベルで世界一流の展覧館にかないます。
  毎年、2月上旬の「大連花火大会」、5月下旬の「大連アカシア祭り」、7月上旬の「大連交易会」、7月上旬の「大連国際ファッション祭り」、10月下旬の「大連国際マラソン大会」など、おもなイベント本会場はここに開設しており、とても賑やかです。
【オリアンナ号豪華遊船】

  『オリアンナ』号豪華遊船は1957年に世界で有名な『タイタンニ―ク』号遊船を製造したイギリスの造船場から誕生し、著名の世界四大遊船の一つです。『オリアンナ』は英語では『貴婦人』と『プリンセス』という意味であり、当時のイギリスはエリザベト一世とエリザベト二世が同時に在位していますので、皇室の特別許可の専用遊船として、そのマークが『エリザベト』の英語の字母『E』からなり、二人女王の尊さを代表されます。
  遊船の全長は260メートル、高さは52メートル、幅は33メートルであり、キャビンの面積は6万平方メートルです。積載量は4.2万トンであり、3000人が乗れます。
  1960年12月3日に『タイタンニ―ク』号遊船の初回就航港であるイギリスのナンアンプトン港から初回就航をして、1986年3月24日に最終の航行を終了されました。
  26年間、『オリアンナ』号豪華遊船は650万マイルを航行し、世界の108の著名の港を巡り、停泊して、50万人以上のお客さんを接待しました。
【星海公園】

 大連最大の海浜公園です。その前身は?1909年に創建された旧『星ヶ浦公園』で、その一部分が現在の『星海公園』となっています。
 多くの緑と海に囲まれた公園内の面積は16万平方メートルです。アーチ状の砂浜の長さは800メートルもあり?夏の砂浜は多くの海水浴客で賑わいます。海辺で冷たい飲み物を片手に日焼けを楽しむことも出来ます。
【労働公園】

  市中心部に位置する市内最大の総合公園です。面積は102万平方メートルに及び?南に緑山、北に大連駅を望みます。創建は帝政ロシア租借時代の1899年です。『西公園』、『中央公園』などの名を経て?1949年に大連市人民政府が、『労働公園』と名付けました。
 園内は、芝生や日本から贈られた桜など多くの自然に満たされた市民の憩いの場となっております。また鹿や駝鳥なども放牧され?動物に餌をあげることも出来ます。
  園内にはほかにも、サッカーの街大連らしいサッカーボールの形をした『大連市建築芸術館』や、リフト、滑り台などがあります。
  園内の南にあるリフトに乗ると、テレビ塔の前へたどり着きます。テレビ塔付近は大連の街並みが俯瞰できる風光明媚な場所です。
【テレビ塔】

  テレビ塔は労働公園の南側にある緑山の上に建てられ、1987年に着工し、1990年に完成しました。タワーの高さは190.5メートル、山の高さを含んで、海抜は360.5メートルです。テレビ塔の上に展望台も回転レストランも設けております。テレビ塔に登り、展望台で見下ろしましたら、町全体の景色が目に入ります。
【勝利広場】

  勝利広場は大連駅の向こうにあり、大連市の中心地である中山区の繁華街に位置します。敷地は2.7万平方メートル、建築面積は14.7万平方メートルです。地上には二つ欧風の建物とローマ風の広場が設けてあり、地下にも三階建てと400台車の駐車場もあります。ショッピング、飲食、娯楽、レジャー観光などを一体とする総合的な商業センターです。真中のローマ風の広場には舞台があり、毎年、ここで色々のショーと共同公演を主催しますと共に、夏の夜に納涼カラオケ大会を開催して市民たちと観光客は無料で、思う存分に歌い、美しい夜を楽しむことができます。

【大連芸術展覧館】

  大連芸術展覧館は西崗区勝利街35号にあり、旧ロシア人街に位置します。1996年に大連市は1902年当時にドイツ人が設計し?ロシヤ人が出資して建てられた近代欧風の建物の原型に基づき、復元された立派な建物です。1997年に芸術展覧館として対外開放しました。展覧館の内装は華麗で典雅であり、施設も備えております。面積は1400平方メートルであり、展示ホールは三つありますが?ここで書道、絵、撮影?工芸美術品、文物、民間芸術収蔵品等の陳列及び展示と商売を行うことが出来ます。
 北九州市?大連市友好都市締結15周年を記念して複製建築したもの。ドイツ系ハーフテンバー洋式による茶と白のコントラスト、煙突やドーマ窓、尖塔部分などが印象的な建物。


【老虎灘】

  老虎灘楽園は山に控え、海に臨むリゾート区域に位置して、観光、娯楽、ショッピングなどを備えた大型の遊園地です。ここに『群虎(六匹の虎)』のモニュメントがあり、368枚の花崗岩の石で彫刻して、長さは41メートル、高さは7メートル、重さは4800トンです。観光客はよく老虎灘楽園のシンボルである虎のモニュメントの前で記念写真を撮ったり、海を跨いでいるローブウェーに乗って青空、青山、青海を観賞したりしています。そのほか、中国最大の鳥の楽園はここに設けてあり、その面積は1.8万平方メートで、網の高さは7.6です。網の中で孔雀をはじめ100種類?1500羽の珍しい鳥を飼っています。また、中国一の海洋生物サーカスショー館では、いるかのサーカスがとでも面白いから、大変人気があります。観光客はここで美しい風景及び鳥の鳴き声と花の香をお楽しみすることができます。
【北大橋】

  北大橋は1987年5月1日に完成し、大連市と日本北九州市とは姉妹都市提携5周年記念として作られた立派な吊り橋です。全長は230メートル、高さは13.2メートルで、幅は12メートルです。それは友好の橋だけではなく、恋人の橋でもあります。普通、新郎新婦は結婚披露宴が終わったら、必ず、手をとってこの橋を渡り、またロケ地として写真を撮ったり、ビデオカメラで撮影したりしており、美しい人生の門出に立ちます。
【大連森林動物園】

  市の南?緑がうっそうと生い茂る白雲山風景区内にある動物園です。園内の面積は7.2平方キロメートルです。以前は大連駅の南西にあったのですが?白雲山風景区内に引っ越しました。1997年5月に第一次工事、2000年9月に第二次工事が完成しました。
  『動物は永遠の友達』というテーマのもとにつくられた園内は、おもに6つのエリアに分けられ?ジャイアントパンダや東北虎、コバナテングザルなど、約130種類の動物を観察することが出来ます。
  とくに総合自然保護区内にいるジャイアントパンダはここではぜひ見てみたい動物の一つです。運がよければ手を伸ばせば届きそうなところに寄ってきて、寝ころんだり?遊んだり?鳴いたりする姿を見ることが出来ます。園内を走るモノレールもあるので?興味のある人は童心に帰って乗ってみましたら、楽しいです。
【旧自然博物館】

  旧自然博物館は旧ロシア人街に位置し、1902年に建てられ、帝政ロシア統治時期の大連市政庁でです。日本統治時期の1904年に日本の地質調査所、満蒙物質参考館になりました。1945年に解放してから、1996年まで大連自然博物館として開館していました。
【大連鉄路病院(旧満鉄病院)】

  大連鉄道病院(旧満鉄病院)は1907年に創立されたもので、敷地面積は約9万平方メートルです。大連鉄道病院(旧満鉄病院)はロシア皇帝の離宮予定地だったそうです。ドイツのフィルヒョウ病院を参考に、東京丸ビルを手がけたアメリカのフーラー社が建設を請け負いました。現在、医療、教学、科学研究を備えている大型の総合病院です。
【大連鉄道責任有限公司(旧満鉄本社)】

  1909年に半官半民の南満州鉄道株式会社―満鉄本社を設立しました。それは鉄道をはじめ、炭鉱、港湾、電気、倉庫、鉱山、土木、教育、医療事業などを牛耳る植民地経営の中枢機関として発足したものです。まで満鉄本社の官庁でしたが、日本敗戦後、大連鉄道分局、大連鉄道責任有限公司の官庁になりました。
【大連人民政府(旧関東州庁)】

  大連市人民政府(旧関東州庁)は1919年に建設された建物です。日露戦争後?日本は遼東半島の租借地を「関東州」と名づけて、旅順に関東都督府を設置し、1919年に都督府は行政の関東州庁と関東軍に分けて、関東州庁を造りました。旅順における日本の各機関は大連に移しました。1945年以降、大連市人民政府の官庁になりました。
【大連駅】

  大連駅は1935年に着工し、1937年6月1日に竣工しました。大連駅は日本の旧国鉄の上野駅を真似して建てられたものです。建築費は当時の金額で250万円でしたが、当時の公務員の月給は75円なので、現在の物価で換算すれば250万円は50億円に当たるでしょう。現在、貨物運送量は年間平均として2700万トンに達し、旅客運送量は年間平均として2270万人になっています。

【大連医学付属第一病院(旧日本赤十字社大連病院)】

  大連医学付属第一病院――旧日本赤十字社大連病院は1930年に建て、敷地は1.9万平方メートルです。1950年に大連医学院になり、現在、大連医学付属第一病院です。
  当該病院は東京医科大学霞ヶ浦病院と姉妹病院を締結し、世界8ヶ国及び地域の医学界と技術交流を進んでおります。


【路面電車】

  路面電車は19世紀に世界ではやった交通機関で、1909年に大連で開通されたものです。現在、大連市内では3本の線路が残って運営しており、線路の長さは16キロメートルです。路面電車は往復車両も多いし、料金も安いし、とても人気があります。観光客はその路面電車を「特別の観光車」と呼ばれております。排気汚染も無い環境保護の交通機関として市民達に愛用されております。


 

 
  Copyright @2016 tabidl.wiki2.jp All Rights Reserved